SSブログ

昼寝ネコの雑記帳  果たして激動の12月になるのだろうか〜独りほくそ笑む悪魔 [政治]

昼寝ネコの雑記帳  果たして激動の12月になるのだろうか〜独りほくそ笑む悪魔
http://hiruneneko.exblog.jp/28431974/ より

 以下は、12月1日のzakzakに掲載された記事の、一部抜粋である。記事の内容と画像を目にし、ただならぬ緊張が漂っているのを感じた。

【zakzakから一部転記】
 アーリントン墓地で「孤高の祈り」ささげたマティス長官の胸中 井上氏「きたるべき日に向け決意新たに」
 http://www.zakzak.co.jp/soc/news/171201/soc1712010009-n1.html

(以下引用開始)
 ジェームズ・マティス国防長官(退役海兵隊大将)のある行動が、ネット上で話題になっている。11月中旬、戦没軍人らが眠るワシントン近郊のアーリントン国立墓地の一角に、たった一人で足を運んでいたのだ。
 アーリントン墓地は、退役軍人をたたえる祝日の11日、記念行事に参列する政府高官や軍幹部らでにぎわう。

 マティス氏の行動が注目を集めたのは、行事に集まる参列者やメディアの喧騒(けんそう)を離れ、墓地の一角の「セクション60」にひっそりと足を運んだためだ。

 この区画は、イラクやアフガニスタンなど最近の戦地や、テロで犠牲になった軍人らを埋葬している。友人の墓参りに訪れた男性が偶然、マティス氏に遭遇し、その際のやり取りをフェイスブックに投稿して拡散した。

 男性の投稿や米メディアによると、高官中の高官であるマティス氏が、警護を付けていなかったというから驚きだ。

 軍事ジャーナリストの井上和彦氏は「北朝鮮の暴走は、米国も看過できない段階まで来ている。年内にも米国が北朝鮮を攻撃する事態は、あり得ないことではない。軍人にとって、上官や同僚が眠るアーリントン墓地は、神聖で特別な場所だ。マティス氏は、きたるべき日に向け、現在の情勢を報告し、覚悟や決意を新たにしたのではないか」と語っている。
(以上引用終了)
http://pds.exblog.jp/pds/1/201712/01/42/c0115242_22541217.jpg

 アメリカ人の気質は一見しただけだと、ドライで計算高いと感じるかもしれない。確かにそういう人たちも存在するだろうと思う。しかし、少なくとも私が交流を持ったアメリカ人の皆さんは、幸いにして義理を欠かさず、知的で思いやりに富んだ人たちだった。とくに、チームワークに関しては、かなりの結束力を有しているように思う。

 軍人であればなおのこと、敵地で戦火を交えた経験を共にした戦友であれば、特別の絆を持っていると感じる。国防長官であれば、軍事行動中に敵弾に倒れ、落命した上官や同僚、部下に対しては特別な思いを持っているだろう。

 トランプ大統領の命令が下り、いよいよ北朝鮮への攻撃を開始する局面になった(と思っている)。その際には、多くの兵士たちが犠牲になる可能性がある。しかし、戦争や死を怖れていては国と国民を護ることはできない。人間としては辛い決断だと思うが、国防長官としての職責上、他に選択肢は存在しない。彼のアーリントン墓地に、新たに埋葬されるかもしれない兵士たちに思いを馳せ、すでに埋葬されている兵士の霊魂に対しても、思いを伝えたのだろうと想像している。

 このような愛国心は、ある意味で壮絶なものだと思う。日本の一部の政治家のように、戦争がすべて悪であり、戦争に結びつく軍備や法案はことごとく戦争する国を作る、として敵意をむき出しにする。軍事力は抑止力だとも言われる。核爆弾も使用するのが目的なのではなく、相手の核に対する抑止力だ、と専門家が言っている。

 戦争の無い平和な世界は誰でも望んでいるはずだ。しかし、例外的に領土拡張や他国侵略をまるで体質でもあるかのように、企てる国家指導者が存在する。川崎市民の一部が、有事の軍備放棄を条例化するよう運動を起こしているそうだ。先制攻撃ができない国、迎撃する軍事力を持たない国にしようとしている。これほど侵略しやすい国があるだろうか。憲法九条が平和憲法だと主張し、改正を阻むどころか議論そのものまで忌避する政治家・政党が存在する。確かに日本ではどのような主張も自由だ。しかし、明らかに敵国を利するような言動を繰り返していると、外患罪が適用される有事の際には、真っ先に処分される対象となる客観情勢ではないだろうか。

 世界の至る所で戦争や内紛を起こし、多くの人々が家族を失い、あるいは自らも犠牲になる。たとえ生き残ったとしても、苦痛と哀しみと憎しみの中で生きることを余儀なくされる。その陰でほくそ笑んでいるのは、他ならぬ悪魔である。人の不幸を歓び、人間の肉体のみならず霊魂までを死に至らしめることに全力を挙げているのは、前世から存在し、太古の昔から恐怖と流血で地を支配してきた悪魔という存在である。

 ・・・これはあくまでも(偶然のシャレである)、神学的解釈なのだが、ピアソラの悪魔の組曲や天使の組曲を聴いていると、終焉が近づいている悪魔の徒労感、そして悔悟の念を感じる。曉の天使だったルシフェルが、地に投げ落とされて悪魔となったが、今では人知れずため息をつき、落涙している姿が目に浮かぶ。

 天使と悪魔の軍勢との代理戦争が、アメリカと北朝鮮の間でもうじき繰り広げられるだろう。私たちは、まず生存をかけて物質的にも精神的にも備える必要がある。さらには、この時期にこそ政治家、政党、市民団体、ジャーナリスト、マスメディアが、どのような情報を発信するか冷静に見極める必要がある。そして次の選挙の時に、真に日本と日本国民を守れる資質を持つのが、どの候補者であるかを見極め、棄権せず投票することだ。選挙こそが、日本の方向を決定する、合法的かつ最も確実な方法だからだ。選挙に棄権する人たちは、その権利と義務を放棄し、場合によっては国と子孫の平和を危うくするかも知れないと認識すべきだ。

 おそらく、ここしばらくは様々な憶測が飛び交うだろう。しかし、当事者の皆さんは沈黙を貫くに違いない。その沈黙こそが、嵐の前の静けさである。

 杞憂に終わってくれればいいのだが。
nice!(1)  コメント(0) 

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。