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昼寝ネコの雑記帳  夕刻のブログ記事 旧約時代と現代の比較〜ダビデとゴリアテ [政治]

昼寝ネコの雑記帳  夕刻のブログ記事 旧約時代と現代の比較〜ダビデとゴリアテ
https://hiruneneko.exblog.jp/29595662/ より

 今日、ある本に目を通していたら、旧約聖書サムエル記に出てくる、ゴリアテとダビデに関する記述が目に留まった。読みながら、向かうところ敵なしの巨人・ゴリアテが、これまでの日本の巨大なマスメディア、すなわち全国に情報を発信する新聞社、テレビ局、ラジオ局、雑誌社が合体している姿と二重写しになった。

 私が物心ついたときは北海道に住んでいたので、新聞は朝日新聞、北海道新聞、テレビ・ラジオはHBCやSTVのみしか視野に入らず、家族は皆、情報の100%をそれらから得ていた。誰かが個人的に報道内容に異を唱えて大声を上げたとしても、誰も気に留めず変人扱いされるだけだったと思う。

 日本ではメディアスクラム、アメリカではMSM(メインストリームメディア)と呼ばれるようだが、自国民の耳目を自分たちにだけ向けさせ、一切の異論や自分たちにとって都合の悪い情報を力ずくで排除する、まさに「情報の巨人・ゴリアテ」が立ちふさがり、行く手を遮ってきた。

 さて、ではゴリアテを単身で倒した若者・ダビデは、現代社会では一体誰のことを思い浮かべるだろうか。もしかしたら、ダビデとゴリアテについては名前だけで、詳細をご存知ない方もいらっしゃるかもしれない。少し長いが、以下にWikipediaに出ていた要約をご紹介する。

【Wikipedia】
(「ゴリアテ」より転載開始 文・画像とも)
https://pds.exblog.jp/pds/1/201806/24/42/c0115242_20154580.jpg
 ダビデとゴリアテの戦いは「第一サムエル記」第17章に記されている。ペリシテ軍はエフェス・ダミムに陣を敷き、イスラエル軍はエルサレムの南西にあるエラの谷(英語版)に陣を敷き対峙した。ペリシテ陣営からゴリアテという巨漢の戦士が現れると「勇者を一人出して一騎討ちで決着をつけようではないか。もしお前たちが勝てばペリシテはお前たちの奴隷となる。ただし俺が勝てばお前たちはペリシテの奴隷となれ」と40日間、朝と夕の2回にわたってイスラエル兵たちを辱めた。しかしイスラエル兵はゴリアテに恐れをなし、戦いを挑もうとする者はいなかった。

 羊飼いのダビデは、イスラエル軍に参加していた兄に食料を送り届けるために陣営を訪れていたが、この話を聞くと憤り、イスラエル軍を率いていたサウルにゴリアテの退治を申し出た。サウルは初めは難色を示したが、他に手段がなかったため、ダビデの出陣を許可した。サウルは自分の鎧と剣をダビデに与えたが、ダビデは「慣れていないので歩くこともできないから」とそれらを身に着けず、羊飼いの武器である杖と、投石器と、川で拾った滑らかな5個の石という軽装でゴリアテに挑んだ。

 ゴリアテは「さあ来い。おまえの肉を空の鳥や野の獣にくれてやろう」と嘲ったが、ダビデは「お前は剣と槍を頼りに戦うが、私はお前がなぶったイスラエルの戦列の神、万軍の主の名を頼りに戦う。戦いは剣と槍の力で決するものではないことを人々は知ることになるだろう。これはイスラエルの神の戦いである」と返答した。これを聞いたゴリアテはダビデに突進した。ダビデは袋の中から1個の石を取り出し勢いよく放つと、石はゴリアテの額に命中し、うつ伏せに倒れた。ダビデは剣を所持していなかったため、昏倒したゴリアテに近寄って剣を奪い、首をはねて止めを刺した。

 ペリシテ軍はゴリアテの予想外の敗退により総崩れとなり、イスラエル軍はダビデの勝利に歓喜の声をあげた。イスラエル軍は敗走するペリシテ軍を追って、ガテやエクロンまで追撃して勝利を収めた。この戦いによりダビデの名声は広まり、サウルの側近として仕えるようになった。
(「ゴリアテ」より転載終了)
(Wikipedia 「ゴリアテ」より転載 文・画像とも)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B4%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%86

 いかがだろうか。現代のダビデとは、誰のことなのだろうか。

 かつて、スヒョン文書や花王文書が話題に上った。いかに日本のメディアが外国勢力に支配されているかを知り、愕然とした人たちが多かった。潤沢な資金や人的な浸透により、長い年月をかけて日本のメディアが巨大化し、恣意的な暴走をしてきたと指摘する人が増えた。

 そのメディアは今もなお健在であるが、新聞の場合は実売部数の減少、テレビは視聴者離れが顕著な傾向になっているようだ。

 ダビデの言葉を再掲する。

 「私はお前がなぶったイスラエルの戦列の神、万軍の主の名を頼りに戦う。戦いは剣と槍の力で決するものではないことを人々は知ることになるだろう。」

 これを現代風に翻訳すると、

 「私はお前がたちが侮った日本人を護る神、万軍の主の名を頼りに戦う。戦いは資金力と組織力のみで決するものではなく、良心と正義感によることを人々は知ることになるだろう。」

 まさしく、インターネットの出現とここ数年の利用者の増大により、決して若者ではないものの、熟練したブロガー・ダビデがそこかしこに現れ、石投げ器の代わりにブログを通して懸命の攻撃を加えている。いくつもの打撃が致命傷につながり、劣勢を悟った勢力は、なりふり構わぬ言論封殺の暴挙に出ているように見える。

 ブロガーのみならず、ブロガーたちによって開示された真実を知った多くの読者もまた、老若男女を問わず、良心と正義感を胸にダビデに変身しつつある。

 誰だったか忘れたが、旧約聖書の預言者の言葉は、現代社会の私たちに向けられた預言と警告である、とある宗教家が語っている。もしそれが事実なら、やはり神学的終焉という流れは否定することができないと思わざるを得ない。また、日本人にはその神聖な力を受ける血統につながる人が多いと感じている。
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